おじいちゃんの命日
帰り、ふと思うことあってスーパーに寄った。夜10時半。明日11月1日はおじいちゃんの命日なのだ。もし存命ならば、111歳、かな。お花買おう、って思った。
私が14歳の時、76歳で他界した。
私号泣して号泣して、うちの家族に悲しかったけどあんたが泣き過ぎて泣けなかったわよ、と言われたくらい号泣した。
私の花好きはおじいちゃんの影響があるかと思うくらい、私が生まれたお家は綺麗なお庭だった。たぶんほぼほぼおじいちゃんの好み。絞りの椿、梅、確か薔薇もあったような。池もあって鯉もいた。そしてミニ畑もあり、大根が植わっていた。
私は、父方の祖父母の記憶はあまりない。
父のお父さんは、父が5歳の時に他界したとの事なので、私はまったく会えず。父のお母さんは、私が2歳のときに他界して、やはりお顔などは記憶にない。数年前、父のペースメーカーの調子がよくなかったときにそれが発覚する前私の夢に頻繁に出てきた女の人がいて、一件落着したあとパタリと姿を現さなくなった。もしかしてあの人はおばあさんだったのかな、と思ったりする。
明日命日の母方のおじいちゃんは本当に優しくてお洒落で家族想い。うちの父も今わかったところはそうなのだが、表現が下手なのか若かりし頃は家族の反発を招き、今は平穏な?80代。
温厚な祖父はあまり叱らなかった。しかし私は自分でも持て余す程の泣き虫で、たまに叱られたのを覚えている。
うちの母は3人きょうだいの末っ子で、私もまた同じ。祖父母からみたらマイクロミニみたいだったんじゃないだろか。
おじいちゃんおばあちゃん、
私まさかのヨガ教えるようになっています。
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